未来を生きる存在「子ども」を守るということ(後編)

杉森伸吉先生×株式会社マモル 代表 くまゆうこ

すべての子どもたちに、笑顔を。をミッションに株式会社マモルは、いじめの予兆を検知し、未然に防ぎ、いじめで悩む子がいなくなる社会をめざしています。マモル代表のくまゆうこが、識者と対談し、さまざまな角度からいじめについて深掘りしていきます。

杉森 伸吉(すぎもり・しんきち)

東京学芸大学教授(社会心理学)。東京学芸大学附属大泉小学校校長(併任)。個人と集団の関係をめぐる文化社会心理学の観点から、集団心理学(チームワーク力の測定、裁判員制度の心理学、体験活動の効果)、リスク心理学などの研究を行っている。野外文化教育学会常任理事、社団法人青少年交友協会理事、財団法人日本アウトワードバウンド協会評議員、NPO法人学芸大こども未来研究所理事、社団法人教育支援人材認証協会認証評価委員会委員長など。

いじめ「心の中のコップと最後の一滴」とは

—— 最近、学校では嫌なことをされたら、ちゃんと「イヤだ」と言おうという教育をしていると聞いたのですが。

嫌なことをされたら嫌と声をあげよう、と子どもたちに教えています。
弁護士の先生方がいじめの出前授業で心のコップの話をしています。心の中に見えないコップがある。嫌なことをされたり、辛いことがあったりして我慢できるかどうか、我慢できる人はコップが大きいのですね。コップの大きさはまちまちで、小さいコップもあるわけです。

嫌なことがコップに入ってくると、たまっていきます。そして最後の1滴で水があふれてしまう。最悪のケースでいえば、最後の1滴によって自殺してしまう。最初の1滴も最後の1滴も同じなのですが、コップが満杯であったらその1滴で、水はあふれて出てしまう。たったひと言が、小さな行動が、相手を追い詰めることがあるという話です
嫌なことをコップにためないように、嫌なことをされたら嫌と声をあげる。誰かに訴える。伝える、話すことがとにかく大事だと教えています。それも、コップが満杯になる前に
いじめは初期の段階では小さいことがほとんどです。学校や周囲の大人は、その段階で対応するのが大切です。

—— 早期発見、早期対応が重要と言われていますからね。

たとえばですが、深刻化したいじめ、もし自殺という最悪のケースであれば、先生はもちろんですが学校全体、教育委員会なども相当の時間(延べ数千時間以上)をかけて対応します。しかし、どんなに対応しても、子どもは戻ってこない。ここが最も辛いところです。
しかし、最初の段階でいじめがわかれば、状況にもよりますが先生が30分時間をとって対応するだけでも事態が良い方向へ向かうこともあるわけです。

—— 何かをされた時、言われた時に子どもがどう受け止めるかにもよりますよね。まぁいいやと受け流せるタイプもいれば、小さなことでも過敏に受け止めてしまう。そういう子は先程のお話でいえばコップも小さく、大きなストレスに耐えられない。

ええ、いわゆるハイパーセンシティブ、とても繊細で感受性の強いタイプの子どももいます。
こうしたお子さんを持つ保護者は「くよくよ考える」とおっしゃることがあるのですが、いつまでも気にしているということは、よく考えているということ。人間の成長という観点で見れば、より大きく成長するタイプとも言えるのではないでしょうか。

—— 親は子どもが、うじうじ、くよくよしていると、つい「気にしすぎ」とか「もっと強くなりなさい」などと叱咤しがちです。

子どもはそれぞれ、成長のルート、パスが違います。くよくよタイプもさっぱりしたタイプも、みんな成長につながります。気にしすぎ・気にしないという短絡的な分け方で考えないほうがよいかなと思いますね。

—— 子どもにどこで声をかけるか、手助けをするか、という判断も難しいですね。

一般的にですが、がんばればできることを手助けされると、自分の力を過小評価されたように感じます。自分ではどうしようもなくて、だめだと思っているときに放っておかれると、自分が見捨てられたように感じます。
その見極めは難しいのですが、教師は、その子の本当の力を判断し、この子ならここまでできるはず、ここは苦しいはずと仮説をたてて見守りつつ、もしできないようであれば、乗り越えられないようであれば助けていく。これが基本です。
なるべく、子どもが自分で乗り越えられたと感じられる経験につなげていくほうが、子どもの自信にもつながります
教師に向けての言葉ですが、この考え方は保護者の方も参考になるのではと思います。

学校という社会での経験が大事

—— GIGAスクール構想が実現しつつあります。それに伴い、ひとり1台の端末を持つようになったわけですが、いかがでしょうか。

世の中のニーズの流れからすると端末なしの生活に戻ることはないので、いかにうまく使うか、だと思っています。
端末の配布からネットいじめも注目されていますが、ネットいじめの問題は、対面のいじめが伴う場合がほとんどです。リアルな人間関係がベースにあることを忘れてはいけません。

—— おっしゃるとおりです。私もよく「ネット上のいじめとリアルないじめは地続き」と言ってます。ネットいじめは、学校での子ども達のリアルな人間関係に問題が生じていることがほとんどです。

AIの時代になるとしても、アナログな体験が成長過程で必要なことは言うまでもないことです。人と人との関係も、実際に学校という社会で育まれ、さまざまな体験・経験を通じて、相手を思いやったり、どう思うかと考えたり、コミュニケーションの取り方も覚えていくものです。
持続可能な世界を作っていく、社会が安定的に継続するためにテクノロジーがある。パソコンやネットは、いわば道具です。道具を使えることは大事ですが、道具の使い方を間違えると不幸になる。テクノロジー、ITスキルはウェルビーイング(注:身体的にも精神的にも社会的にも健康で十分機能している状態)のために使うべきだと考えています。

—— 確かに、人としての経験を幼少期から積み上げていくことが大切なのだなと感じます。

教育現場にいる人間からすると、人間の本質はそう変わらない。変わらない人間を相手にしているけれど、あるときは英語教育、あるときはICT教育と、次々とフォーカスされる教育の手法が変化しているんですね。
新しい教育手法が悪いというのではなく、それに振り回されてしまわないように、ということです。ぶれない軸を持つことが先生には大切です
僕は一定以上に不幸になる人を作らない社会をめざしていくべきだと考えています。いじめで辛い思いをする人をどうすれば減らせるのか。いじめが起きてしまったのなら、いじめを止めて、そこからより良く成長するためにはどうしたらいいのか。先生、学校は、思いや志を持って、ぶれない軸でしっかりと立ち、こうした問題に対応するべきです。

世界のいじめ問題と日本のいじめ問題

—— ところで杉森先生はどんな学生さんだったのでしょうか?

実は卓球で生きていこうと思っていたんです。ちょっと地元では良い成績だったので、よしと思ったのですが井の中の蛙でした(笑)
それと僕は高校2年で父を亡くしました。それから、いろいろと集中できない時期があって、成績も落ちるし、卓球も伸びないし……と悩んでいるときに曽祖父が哲学者だったので、哲学をやりたいなとも思ったのです。
そこから哲学、心理学といった、心のことや考えることに対する興味がわき、進路が決まった感じですね。

—— 心理学は学生に人気があるようですね。

高度成長期とかね、それこそ戦後とか、まず食べることが大事だったわけです。食べるためには経済学とか法学とかが重要です。しかし社会が成熟してくると、食べることやお金だけでなく、心のことや自分探しが重要になってきます。

—— 最近は、日本でもハラスメント・いじめについて段々意識が高まりつつありますね。世界的にはどうなのでしょう?

国際的に見ると、戦争や紛争がある地域では、いじめというか暴力は必要悪のようなところがあります。いじめについて研究に熱心なのは先進国。一定以上に豊かになり、先ほどの話のように、成熟した社会になるといじめの問題がクローズアップされやすい。今の日本もそうですね。社会全体とまではいきませんが、多くの人がいじめについて関心を持ってはいます。
いじめの性質には文化差があります。海外のいじめ研究ではカナダ、インド、ドイツなど様々な国で盛んです。
ただカナダのように移民が多い国では、空気が読めないとかまわりと違うこと自体はいじめの対象にならない。個人主義の国では、強いものが弱いものに暴力をふるう「垂直型」のいじめが多いのです。
日本とは対照的です。日本はみんなと違うことを排除するいじめが多いのです。水平型ですね。

—— 確かにそうですね。国民性とか、国のあり方そのものが、いじめの内容にも影響しているわけですね。日本のいじめは海外からみると特徴があるようで、以前中国の国際ニュースチャンネル「CGTN」から日本のいじめについて取材を受けたこともありました。

いじめを早く見つけて早く対応し「未来ある子ども」を大切に育てよう

—— いじめのない社会、学校というのは可能だと思いますか?

いじめが全くない社会というのは、ちょっと想像しづらい。でも、いじめは早い段階で発見し、早く対応すれば、多くの場合は大きな問題にならないのです。
しかし、対応する教育現場にはいろいろな課題があります。
教師になる前に、いじめや子どもの心理について、学ぶ機会やその内容においても改善の余地があると思います。

先生が「どうにかできる」と思って、いじめの問題をひとりで解決しようとしたために、手に負えないほど大きくなってしまうこともある。
いじめの問題は大きくなればなるほど解決に時間がかかります。それだけの時間を捻出できるかといえば、実際に学校ではたくさんの業務があり、先生は手一杯です。先生が忙しすぎるのは長年の課題です。
いじめは早くストップさせることが重要です。いじめを受けている子どもをできるだけ早く助けてあげなくてはなりません。そのためにも先生が子どもたちを見守れる時間が作れるような環境づくりも課題のひとつです。

—— はい、本当にそう思います。

いじめを容認することはできません。いじめを受けている子どもを置き去りにしてはいけません。
そして学校現場では、先生がひとりひとりの子どもと向き合えるような環境作りもしなくてはいけない。なおかつ、保護者とも結びつき、共に未来のある子どもを健やかに育てていけるよう、手を取り合っていきたいと思っています。

—— マモルとしても、私個人としても、子どもたちに寄り添い、いじめを早期に発見することで、子どもたちを守れたらと願っています。今後も教育現場のリアルな声を伺いながら、より良いシステムに成長させていきたいと思っています。

・・・・・・・・・ 前編もご覧ください ・・・・・・・・・